株式会社いつつ

連載:全国将棋道場巡り 2016年5月6日

日本将棋は中国の教育界で高い評価!上海「許建東将棋倶楽部」訪問記

中倉 彰子

びっくり!上海で「将棋」は「体育」だった!

4回目となる道場巡り、今回は少し遠くまで足を伸ばして中国・上海にある「許建東将棋倶楽部」にやってきました。

(これまでの将棋道場訪問記はこちら!)



突然ですが、みなさん!

現在日本の「将棋」が、上海の小学校で授業の一環として取り入れられていることはご存知でしょうか?しかも、教科で分けると「体育」!なんと体育の授業で将棋を教えているのです。

中国では、日本の将棋は、中国版将棋の「シャンチー」や囲碁と並んで、「マインドスポーツ」というカテゴリーの1つに数えられるそうです。

そういえば、私も将棋の対局を行うとき、身体の動きこそ激しくはないものの、頭の中は常にフル稼働、見た目以上に体力を消耗していました。

上海で日本将棋は体育の授業で教えられます。
上海で日本将棋は体育の授業で教えられます。

実際、現地で「シャンチー」を購入しようとすると、玩具店ではなく、スポーツ用品店や文房具店にあるスポーツグッズコーナーに陳列されています。
バドミントンのラケットや、ルービックキューブに並んでシャンチーがあるなんて面白いですよね。

日本の将棋は、目に見えて「礼儀作法が身につく」「論理的な思考力が身につく」「集中力が身につく」と上海の親御さんからも大好評なようで、「うちの学校でも導入したい」という校長先生がどんどん増え、今までに220校の小学校が授業として取り組んできました。

さて、「許建東将棋倶楽部」の創設者、許建東さんは、こうした上海の小学校での日本将棋の普及に20年以上にわたり尽力されてこられました。

上海の学校で日本将棋の普及に尽力される許さん
上海の学校で日本将棋の普及に尽力される許さん

苦節20年、上海に日本将棋を導入

今回はそんな許さんに、上海における日本将棋の広がりについて聞いてみました。

中倉彰子(以下彰子):許さんが日本将棋を始めたきっかけは何ですか?

許建東さん(以下許さん):日本の会社で働いている頃に、友人から教わりました。その友人があまりにも強かったので、どうしても勝ちたくて日本の道場に通ったりもしましたよ。

彰子:許さんは将棋の上達が早かったそうですね。

許さん:もともと、中国版の将棋と呼ばれるシャンチーに親しんでいました。シャンチーと将棋には似たところが多いので、私には将棋をするための基礎ができていたのかもしれません。

中国版将棋のシャンチー
中国版将棋のシャンチー

彰子:日本の将棋を上海で普及させようと思ったのはなぜですか?

許さん:将棋は会話に似ているところがあります。将棋も会話と同じで二人でしますよね。もし、相手が将棋のルールを知らなければ、私が教えてあげればいいですし、二人ともルールを理解できるようになれば、それで互いのコミュニケーションが成立します。もし、英会話が世界の共通語として通用するなら、私は将棋も同じだと思います。

彰子:日本の伝統文化である将棋を、上海の人に理解してもらうのは難しかったのではないでしょうか?

許さん:そうですね。20年前といえば、まだ中国国内で日本の伝統文化を受け入れるという基盤ができていませんでしたから、10校訪問して1校に受け入れてもらえればいいところでした。特に最初の5年は、将棋の良さをまず知ってもらうために、色んな学校に将棋の盤や駒を寄付するなどしていました。なかなか自分の伝えたいことが伝わらない精神的な辛さに加え、経済的な辛さもあったので本当に大変でした。

彰子:辛い思いをしたのに、20年経った今でも日本将棋の普及に尽力してくださるのはなぜですか。

許さん:将棋に対する熱意が私を動かし続けました。私は、上海における日本将棋のイメージが良くなろうとも悪くなろうとも、全て私の責任だと思っています。日本将棋が上海において価値のないものと見なされたならそれは全て私の責任だと思うのです。

それと、私はよく自分の教え子たちに「継続する」ことの大切さについて教えています。将棋を半年や1年続けるのは誰にでもできることですが、それが一生となるとそれはとても難しいことです。家庭の事情や進学もあるでしょうが、それでも、続けていくことで大きなもの得られると確信しています。

師として、「継続すること」を説く以上、私が途中で投げ出すわけにはいきません。実際、私は「日本将棋の普及」を続けてきたことで、最初の5年は散々な赤字だったところを、次の5年には少しの赤字に、さらに次の5年では赤と黒がトントンに、そして、直近の5年では学校が自ら経費をとるまでになりました。これは、私自身の大きな成果だと思っています。

彰子:日本とは文化の異なる上海で、将棋を普及するために何か心がけていることはありますか?

許さん:学校の要望に合わせてアピールするポイントを変えています。例えば、勉強に重点を置いている学校であれば、記憶力が良くなることを、レクリエーションとしての将棋を求める学校には将棋のゲームとしての楽しさをアピールするようにしています。このように色んな側面を見せられるのも将棋のいいところだと思います。

上海の子どもたちに、日本での子ども将棋大会や着物姿でのタイトル戦の様子などを紹介しました。
上海の子どもたちに、日本での子ども将棋大会や着物姿でのタイトル戦の様子などを紹介しました。

彰子:許さんがそれほどまでに情熱を注ぐ日本将棋の良さは何ですか?

許さん:例えば二人の子どもが将棋の盤を挟んで向かい合わせになっているシーンを思い浮かべてください。二人の会話は、当然将棋の話から始まります。そして、対局が進むにつれ、その会話の流れは自然とあちこと別の方向に向かい無限に広がることで、対局が終わる頃には、二人は本当に仲良しになっています。つまり、将棋は人と人を結びつけるいいきっかけになります。私には、将棋を通じてたくさんの友人ができました。そして、上海の人にもたくさんの友人を作って欲しいと考えます。

中倉彰子の訪問後記

実は、許さんとお話するのは今回が初めてではありません。

去年、日中子ども将棋交流会に参加するため、長女と上海を訪れ、許さんのお世話になりました。また、許さんは、毎年「許建東将棋倶楽部」の子どもたちを連れて日本ツアーをしているのですが、浜松に来られた際に私も子どもたちに指導する機会をいただきました。そこで子どもたちと一緒に無邪気に騒いでいる許さんを見て、「とても明るい人柄なんだなぁ〜」という印象を持っていました。

その印象は今回も同様なのですが、同時に今回のインタビューを通じて、私は許さんの新たな一面を発見したように思います。それは、将棋に対するストイックさです。

許さんのストイックさがよく現れるのは、授業科目としての「将棋」の成績の付け方です。許さんが子どもたちを評価するポイントは将棋の「勝ち負け」や「強い弱い」ではありません。「毎回きっちり授業に出席している」「駒をきちんと並べられている」「対局前の挨拶がきちんとできている」といった将棋に対する子どもたちの姿勢を査定します。

上海の子どもたちと一局。駒を並べる所作を真剣にみてくれました。
上海の子どもたちと一局。駒を並べる所作を真剣にみてくれました。

現在、上海における将棋人口(日本の将棋に触れたことがある人)は約100万人。さらに、「許建東将棋倶楽部」には、上海全土から多くの子どもたちが集まり、中には片道3時間かけて通う子もいるそうです。

かつて町中誰一人として将棋の「し」の字も知らなかった地において、ここまで将棋が普及したことは、許さんの将棋に対する真摯な姿勢に、多くの人が共感した結果なのではないでしょうか。

普段は明るい人柄の許さん。子どもたちに慕われています。
普段は明るい人柄の許さん。子どもたちに慕われています。

道場データ

道場名称 許建東将棋倶楽部
場所 上海市恒通路360号一天下大厦19-A02室
電話番号 +86-21-6380-8512

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この記事の執筆者中倉 彰子

中倉彰子 女流棋士。 6歳の頃に父に将棋を教わり始める。女流アマ名人戦連覇後、堀口弘治七段門下へ入門。高校3年生で女流棋士としてプロデビュー。2年後妹の中倉宏美も女流棋士になり初の姉妹女流棋士となる。NHK杯将棋トーナメントなど、テレビ番組の司会や聞き手、イベントなどでも活躍。私生活では3児の母親でもあり、東京新聞中日新聞にて「子育て日記」リレーエッセイを2018年まで執筆。2015年10月株式会社いつつを設立。子ども将棋教室のプロデュース・親子向け将棋イベントの開催、各地で講演活動など幅広く活動する。将棋入門ドリル「はじめての将棋手引帖5巻シリーズ」を制作。将棋の絵本「しょうぎのくにのだいぼうけん(講談社)」や「脳がぐんぐん成長する将棋パズル(総合法令出版)」「はじめての将棋ナビ(講談社)」(2019年5月発売予定)を出版。

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