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使い込むことで変化する道具の魅力〜将棋駒職人・掬水さんに駒作りについて聞いてきました〜

8月9日、弊社が所有する第74期名人戦第3局の将棋駒の製作者である、「掬水」こと桜井和男さん(以下掬水さん)に、将棋の駒づくりについてお話をうかがいに行きました。

場所は、国内でも有数の将棋駒の生産地として名高い山形県天童市。

なお、今回の取材では掬水さんの息子であり、掬水さんと同じく将棋駒職人として活躍される「淘水」こと桜井亮さん(以下淘水さん)にもご同席いただきました。

掬水こと桜井和男さんと淘水こと桜井亮さんにお話しを伺いました。
掬水こと桜井和男さんと淘水こと桜井亮さんにお話しを伺いました。

将棋駒ができるまで

中倉彰子(以下、彰子):「将棋駒はどのように作られるのですか?」

掬水さん:「1本の木を、何枚かの四角い形の板材に製材したものを仕入れ、短いもので4・5年乾燥させます。乾燥させた板材を、今度は四角形から五角形にします。板材は3種類あり、玉将などサイズの大きな駒をつくるもの、金将銀将などをつくるもの、歩や香車など小さな駒をつくるものがあります。例えば王将の駒をつくる途中の段階で木地(将棋駒の土台となるもの)にシミが入ったり、年輪が荒っぽくなるようなことがあれば、金将・銀将用として使用します。なので、将棋の駒は相手と自分の分を合わせて全部で40枚あるのですが、1組の将棋駒をつくるために、大体50枚くらいは板材を用意しなくてはならず、それらの中から必要な枚数分粗組みをしていきます。」

彰子:「板材を全て使用するというわけではないのですね。」

掬水さん:「1組の将棋駒をつくる上で最も苦労するのは、色目や模様、柾目(木材の縦の模様)において統一感のある木地を駒の枚数分揃えるということです。用途により質的に求められるレベルは変化します。プロ棋士の対局などに使われる駒になってくると、かなり要求が高くなります。そのため、木地が50枚あっても納得いく粗組みができず、何度も木地を入れ替えることもあります。もちろんこうした統一感にこだわらず製作される駒もありますが、それらは単価がやすい分、駒の模様が混在してしまいます。」

彰子:「そうなんですね。今まで将棋の駒は金太郎飴のように1本の木材からいくつも切り出されているのかと思っていたのですが、そうではなく、駒一つ一つの木地が選ばれているわけですね。」

掬水さん:「みなさん既に1組の将棋駒として組まれたものしか見ていないので、その前の段階を想像できる人はあまりいません。」

彰子:「素材選びから出来上がりまで全ての過程をお一人でされるのですか?」

掬水さん:「天童市内で木地選びから盛り上げ(将棋駒の文字の部分に凹凸を出すこと)までするのはうちだけです。しかし、現在では職業として将棋駒をつくる私たちのような職人以外にも、愛好家と呼ばれる人たちが全国にもいます。」

駒1枚1枚の木地が製材されている。
駒1枚1枚の木地が製材されている。

使い込むことで生まれる道具としての価値

彰子:「この駒はどういう駒ですか?」

掬水さん:「これは、仲間と一緒に、天童で質の良い駒を作ろうとの思いで、仲間と作ったものです。将棋駒は本来将棋をするための道具です。かつて、いい駒の見分け方について『10年、20年使ってはじめてそのものの良さが分かる』といった人がいました。昔の日本にはちゃんと道具を使い込むことで生まれる変化を楽しむという文化があったんですよね。日本には昔から飴色と呼ばれる色がありますが、これは将棋の駒をはじめとした白木の道具が使い込まれることで生まれる色合いです。私なんかは飴色に変化している駒を見て、『駒が大切につかわれているなぁ』と実感したりするのですが。」

彰子:「確かに何年も大切に駒を磨いていると駒の色合いが変わってきて、それが味わい深かったりしますよね。」

長年大切に使うことで飴色に変化する将棋駒
長年大切に使うことで飴色に変化する将棋駒

掬水さん:「そういえば、将棋の駒は何で磨くといいと思いますか?」

彰子:「椿油ですか?」

掬水さん:「正解はからぶきです。洗いざらした木綿の下着なんかが特にいいんですよ、笑。実は白木製品の加工品にツヤを出す場合、日本では伝統的にイボタロウムシと呼ばれる貝殻ムシを使うことが多いんですよ。イボタロウムシは紅葉の木などによくついてる小さい貝殻のようなものなんですが、殻を割るとその中が綿のようになっていて、そこに養分のようなものが含まれているんです。」

彰子:「そうなんですね。それは知りませんでした。」

掬水さん:「少し話が逸れましたが、現在では将棋の駒を道具として使わなくなった分、駒の磨き方をはじめとした道具の扱い方がわからないという人が多いように思います。例えば、将棋の駒の原料となるつげの木は非常に硬い木材ですが、将棋の駒の形は全て角で成り立っているため、乱暴に扱えばすぐに壊れてしまいます。また、爪を長く伸ばしているだけで、表面に傷が入ってしまいます。今後、名人戦の盤駒を子どもたちに使ってもらうということですが、日頃から将棋を指さない子どもたちは、将棋の駒の扱い方を知らないんですよね。その一方でプロ棋士の方たちは、対局で何度も駒を使っているので、駒に手を添えてゆっくり盤の上に置いたり、きちんと数を確認してから駒を駒箱にしまったりと、とても丁寧に駒を扱います。そうした意味でも、ただ名人戦の盤駒を使うというだけでなく、プロの人に、扱い方も一緒に教えてもらえるというのは、教育という面でとてもいいことに思えます。」

彰子:「いつつのイベントでは、いつも私が和服を着て駒箱から駒を出すところから将棋の所作を子どもたちに見てもらうようにしています。すると不思議なことに、子どもたちは私が畳の上に座った瞬間から静かになり、所作の一つ一つを真剣に見てくれて、その後駒を乱暴に扱う子はいないんですよね。」

掬水さん:「今の若い世代の方は、工業製品で育っているので、漆の食器や鉄器といったものをほとんど使わないですし、着物なんかもハレの場面でしか着ないですよね。なので、職人の手作業により同じものでも1つ1つ違いがあることや、使い込むことにより生まれる道具の変化というものをあまり良しとせず、均一・均質なものを好む傾向にあります。子どもたちには、日本の伝統的な道具をとっつきにくいものではなく、新鮮なものとして受け止めてほしいと思います。」

日本の伝統文化としての将棋駒

彰子:「小学校で将棋の駒についての授業をしているとうかがいました。」

掬水さん:「小学校では伝統産業の授業の一環として駒づくりについてお話ししています。私は将棋の指し方ではなく、ものづくりの観点で子どもたちに将棋駒を伝えていく立場になるので、授業では、つげの木材に穴を開けたものをキーホルダーのようにして、サインペンで『王将』という文字を書いてもらったりしています。実際に木に触れてもらい、何かを作ることで、子どもたちに将棋の駒に親しんでもらいたいと考えています。」

彰子:「今日もいろんな駒を見てきましたが、やっぱりつげの木はどこか温かみがあっていいですよね。」

掬水さん:「しかし、伝統産業であるにもかかわらず実は天童市は、40年くらい前まで駒を量産することに重点を置き、プロの対局で使用されるような質にこだわった駒をほとんど作っていなかったんです。そこでその頃から、私もそうなんですが、天童でもタイトル戦で使われるような駒を作ろうではないかと考える職人たちが数名出てきました。初めて天童の駒がタイトル戦で使われたのは昭和55年の王将戦です。」

彰子:「弊社で所有する掬水さん作の名人戦の駒は、細部にまでこだわられた非常に素晴らしいもののように思います」

掬水さん:「1年前に、将棋連盟から依頼をいただき、全国中学生将棋選抜選手権大会の名誉総裁である彬子女王に将棋の駒を献上しました。彬子女王ご自身が日本の伝統文化に造詣が深く、また、将棋も指されるということだったので、献上日当日は、説明役として私も市長に同席しました。駒師とは黒子のようなもので、将棋を指す人のために日ごろ駒を作っているので、彬子女王に献上など恐れ多いことだったのですが、自分自身にとって、とてもいい経験になりました。」

将棋駒も例外ではない後継者問題

職人の後継者を育成する難しさを語る掬水さん
職人の後継者を育成する難しさを語る掬水さん

彰子:「掬水さんは後継者の育成にも尽力されているそうですね。」

掬水さん:「国から伝統文化の指定を受け、天童の将棋の駒を地場産業として進歩させるために彫り駒の育成講座を行っています。現在の受講生は9名で、9名のうち5名が女性、年代としては20代後半から40代になります。受講生の方には最初から専門職を目指す覚悟で講座を受講してもらっています。みんな熱心に取り組んでくれています。」

彰子:「女性が多いのですね。皆さん将棋が好きなんですか。」

掬水さん:「駒専門店の後継という方が2名いますが、後の方はみんな将棋初心者です。駒の素材として何が使われているのか知らないという人も数名いましたよ。そういった人たちは将棋に関わる仕事がしたいというより、伝統的なものづくりをしたいという思いで受講されています。しかし問題なのは、どういう思いで駒職人になろうと思ったのかではなく、若い世代の人たちがなかなか駒づくりを覚えるための時間が作れないということです。20代後半から30代といえばまだまだ子どもが小さくて家庭がとても忙しい時期ですので。」

彰子:「後継者育成講座ができるまでは内弟子という形で駒づくりの技術を伝えていたのですか?」

掬水さん:「私が駒づくりを始めたのは昭和46年ですが、内弟子という形を取っていた最後の年代だと思います。それでも、半年通っただけでしたが。現在では、インターネットがあり駒の作り方などが色んなサイトで公開されているので、内弟子をとるとか内弟子になりたいなんて人はほとんどいないのではないでしょうか。」

彰子:「内弟子を取らないとなると、掬水さんと淘水さんのように親子で職人をしている方も多いのですか?」

淘水さん:「他の人もそうだと思いますが、私は最初から駒職人になろうと思っていたわけではありません。それに私の場合は、仕事の現場や仕事内容を見せてもらえなかったので、もしかしたら積極的に継がせようとは思ってなかったのではないのでしょうか。」

掬水さん:「天童では内職をする人がほとんどなのですが、専門でやる職人さんでも食べていくのが大変だというのが実情です。なので、自分の後を子どもに継がせたいと思う人は少ないと思います。」

淘水さん:「すぐにものになるわけではないので、技術を身につけるまでが大変です。私も盛上駒をコンスタントに出せるようになるにはそれなりの年月が必要でした。」

掬水さん:「以前は親方の下請けといった名前も出ない仕事を何年もして、駒職人として世間の評価を得るまでにとてつもなく長い年月がかかっていたのですが、今ではインターネットがあるので、世間の評価は後からになるとしても、名前だけならすぐ世に出すことが可能です」

駒職人「掬水」として

彰子:「掬水というのは綺麗な名前ですね。」

掬水さん:「本名が桜井なのですが、かつて駒づくりを教えてもらっていた師匠に、楠正成ゆかりの地に桜井という場所があり、その楠正成の旗頭が菊水だったためこの名前をつけてもらいました。また、菊の花は自分には華やか過ぎると茶道の先生に相談したところ、手へんのついた菊もあると、掬水になりました。」

彰子:「淘水さんの名前にも水という字が入っていますよね」

淘水さん:「私は淘水という名前で駒を作っています。私が水という字を使ったのはいいものをすくいあげたいと思ったからです。この名前は私自身も気に入っています。」

掬水さん:「将棋の駒はもともと型もので、版木があり、創作ではありません。また、現在ではコピーしたものを使うことがあるのですが、私はコピーをしたものに自分の名前を入れるということに違和感を覚えます。『掬水』という名を使う以上、元からあるものをそのまま作るということはしたくありません。私の場合は、字形から自分で作っているのですが、版木に刷るものに鉛筆で加筆するなど、自分らしい文字を駒に描くための工夫をしています。ちなみに、文字の崩し方によっては難しくなってしまうので、なるべく、馴染みのあるものができるよう心がけています。仕事の精緻さ、質的な精緻さ求めるなら、私は既に年齢的に職人としてのピーク過ぎてしまっています。しかし、経験を重ねてきた分、若い頃には見えていなかったものが見えてきていると自負しているんですよ。」

掬水の名を入れるからには自分らしい駒を作りたいという。
掬水の名を入れるからには自分らしい駒を作りたいという。

取材後記

おだやかな語りが印象的な桜井和男さん(掬水さん)。木の素材の話からはじまって、引き込まれるような2時間でした。

息子の桜井亮さん(淘水さん)もずっといっしょに同席してくれましたが、掬水さんが「あれ、ちょっと持ってきて」と声をかけると、淘水さんが「はい。」とたちがるなど、すべてを言わなくても通じるなど、終始師匠と弟子の息があったところを感じました。

また、今回掬水さんは木地や布、写真など、色々とみせてくれたのですが、中でも印象的だったのは駒を磨くための木綿の布です。「佐々木商店のものがいいんですよ。私たちはいつもこれを使っています」と、お土産にいただだきました。将棋の駒という将棋のための道具を作る職人さんらしく、自分たちが使う道具にもこだわりを感じました。

佐々木商店のつやふきん
佐々木商店のつやふきん

今や将棋の駒もネットで簡単に販売できるため、趣味として駒を作る人も多くなりましたが、そんな中プロの駒師として「駒師は書体も決まっていて、それを作るのが仕事だけども、そこに駒師としての自分らしさをだしたいと思っています。楽しさというのかな・・。これからもそういうものに挑戦していきたいと思います。」という掬水さんの言葉がとても印象的でした。

掬水さんの駒は、錦旗の王将でも、少し小さくなっていて、品の良さ、奥ゆかしさを感じるのですが、それはそのためかもしれません。

奥ゆかしさのある掬水さんの駒
奥ゆかしさのある掬水さんの駒

最後に、「実はちょっとみてもらいたいものがあります」と、掬水さんがおもむろに出してきたのは、なんと娘さんの作品でした。「世に出してもはずかしくないでしょうか」と聞かれたのですが、とんでもない!おもわず恐縮してしまいました。

とても女性らしい柔らかな印象の駒でした。

きっと何年も修行を重ね、「これなら世に出しも恥ずかしくない」と師匠である掬水さんも認める腕になったのでしょう。これから女性駒師としてますますご活躍してもらいたいです(^ ^)

他にもいつつブログでは、日本伝統文化に携わる職人さんを紹介しています。ご興味あれば、ぜひご一読ください(^ ^)

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