株式会社いつつ

連載:全国将棋道場巡り 2018年12月13日

指しながら感じることこそ将棋の本質〜福岡将棋会館〜

中倉 彰子

女流棋士中倉彰子(以下彰子)が全国の将棋教室・将棋道場を巡る「全国将棋道場めぐり」。今回は福岡県にある福岡将棋会館にやってきました。お話をうかがったのは、同会館で講師を務める指導棋士の関口武史五段(以下関口さん)。「感想戦は意味がない」「大盤解説はしない」など、思わずえ?と聞き返していまいそうな独特な指導方針について詳しく語っていただきました。

福岡将棋会館にやってきました。
福岡将棋会館にやってきました。

体験を重ねて知識から知恵に

彰子:いま福岡将棋会館にはどれくらいの生徒さんがいらっしゃるんですか?

関口五段:登録数だと120名、そのうちアクティブに福岡将棋会館をご利用いただいている方が80〜90名ほどでしょうか。

彰子:たくさんの生徒さんがいらっしゃいますね。今日は入門クラスのレッスンの様子を見学させていただきありがとうございました。保護者の方が畳でくつろいで待てるスペースもあり広々とした教室ですね〜。プロ棋士の色紙もたくさん飾られています。将棋書籍もありますね。でもここには大盤がないのですね。

関口五段:私があまり好きではないのでやっていません。というのも、今の生徒数で大盤解説をすると、必ず誰かを無視してしまうことになるからです。

彰子:無視してしまうとはどういうことでしょうか?

関口五段:講師がみんなの前で大盤を使って、例えば何かの手筋について説明したとします。でも、それだけだと、その手筋についての知識を子どもたちに押し付けただけで、講師側の単なる自己満足になってしまいます。講師はちゃんとその知識が子どもたちの理解と結びつき知恵となって蓄積されているか確認しなくてはなりません。しかし、現状、ここにいる講師は私も含めて2名。生徒さん全てが大盤解説の内容を理解しているか一人ひとりチェックすることはできません。ですので、現状では大盤解説はやっていません。でも、グループに分けて人数を少なくするなど工夫することができたら、取り入れるかもしれません。

「生徒には知識より知恵をつけたい」と話す関口五段
「生徒には知識より知恵をつけたい」と話す関口五段

彰子:なるほど。大盤は多数だと子どもたちの理解力にも差があるので難しいのもかもしれませんね。

関口五段:知識だけ覚えても、なぜそのように指すのかを理解したり、また実戦の中で実際に指してみて「うまくいった」という成功体験と結びついたりしない限り、なかなか知恵として身に付かないと思うんです。こういった意味で、私は定跡もほとんど子どもたちに教えません。唯一6枚落ちだけは学びがたくさんあるので、6枚落ちは教えています。

彰子:そうなのですね。例えば、子どもたちが将棋大会に出るときなんかは、手っ取り早くというと語弊がありますが、勝ちやすい定跡を教えないとすぐに負けちゃうかなと思いますがいかがでしょうか?

関口五段:負けてもいいじゃないですか。確かに知識がないことで、将棋大会なので結果が出にくいということはあるかもしれません。でも私は大会で負けてもいいと思っています。負けることで、自分に足りないものに気付き、それを理解しようと努めるようになるわけですから。誰かが押し付けたものと、自分から得ようとすることでは理解の深さは全然違うと思いますよ。子どもがやる気になっている時、学びたいと思っている時に私は教えます。まだそんなに学ぼうとなっていない子にはそこまでは教えません。子どもたちの温度をみてやっています。鉄のような感じで、熱い時にたたく。冷めている人間を無理に動かすのは大変。こちらがどんなに叩いても変に曲がってしまうだけですから。

彰子:確かにそうですね。それぞれの子どもたちのやる気の熱を見て指導していく、まさに職人技ですね! 子どもたちが小手先で勝つテクニックを覚えても、その場はちょっと勝てるかもしれないけれど、それが本当の力なのか、というと違いますものね。まわり道をしても、1つ1つの理解を深めることで着実に棋力をのばすことができるのですね。本当の力をつけることが大事というのは、大会で入賞すること子や、女流棋士になった水町みゆさんや奨励会に行かれる子たちが示してくれていますね。

子どもに学んでほしいのは形式ではなく本質

関口五段:私が受け持った生徒で奨励会に進んだのは15人くらいかな、他にも学生の大会で日本一の称号を獲得してくれる子もいますし、指導者として、とてもありがたいと感じています。

彰子:女流棋士の水町みゆさんもこちらに通っていたのですよね。すごいですね! でも関口さんの口からそのことを宣伝されませんね笑。

関口五段:頑張ったのは本人ですからね。彼女の成功の人生に関われたのは嬉しいですよ。皆の励みになるので垂れ幕を飾っています。でも彼女はまだ道途中です。がんばってほしいですね。

彰子:先ほどの「大盤解説をしない」「定跡は教えない」というのもそうだと思うのですが、関口五段が子どもたちの指導を行う上で心がけていることはなんですか?

関口五段:本質に触れてもらうということでしょか。例えば、将棋教室に子どもを通わせるのに、将棋教室側が子どもたちの礼儀作法について指導することを期待される親御さんもいると思うのですが、将棋だからちゃんと挨拶しなくてはいけない、将棋だから礼儀作法をちゃんとしなくちゃいけないというのは違うんじゃないかと思います。

自分が努力をして、いろんな人と将棋を指す中で自分よりもっともっと努力をしている人がいることを知る。そうしたら自然と相手に対する敬意が湧いてきて、敬意があるからこそ自然と礼を尽くすようになるというのが、将棋における礼儀作法の本質だと思います。

彰子:なるほど。そういえば、今日子どもたちの指導をされていてその場で「その手は悪い手。」など指導されていましたね。初手から戻しての感想戦はされていないのですね。

関口五段:そうですね、この時間のクラスの子には、感想戦は意味がないと思っています。ある程度の力がつくまでは、ということです。ある程度の力とは、棋譜をつけることができるくらいでしょうか。

彰子:もう少し詳しく教えてくれませんか?

関口五段:感想戦は、悪い手を指した時に何を考えていたのかを分析するのが大事です。悪い手を指したらその理由がある。その理由を受け止められるようになったら感想戦の意味がある、と思っています。

彰子:なるほど。

関口五段:私が子どもたちと指導対局をするときは、どの手が悪かったのかは伝えても、なぜ悪かったのかについてはあえて教えません。その代わり、なぜその手を選んだのかについて考えてもらいます。私は、悪手には必ず「なぜ悪手を指したのか」の理由が存在すると思っています。ですので、ここはこう指すのが正解だったという知識を教えたところで、考え方が変わらない以上きっとまた同じような悪手を指すことになります。

指導対局では、子どもたちになぜその手を指したのかについて考えてもらうと話す関口五段
指導対局では、子どもたちになぜその手を指したのかについて考えてもらうと話す関口五段

自分が指した将棋を完全に再現できるようになれば、悪手を指したとき、自分が何を考えていたのか、十分に分析することができますよね。そうなったときにはじめて「感想戦」が意味を持つのだと思います。

厳しい将棋の世界でモチベーションを維持する難しさ

彰子:関口五段の独特な指導方針にもきちんとわけがあるのですね。ただ、将棋の本質を教えるということは、それと同時に将棋の世界の厳しさも教えることになると思います。私には、子どもたちに強くなってほしいと思う気持ちと同時に、将棋を嫌いにならないでほしいという思いもあり、どこまで子どもたちに対してシビアに接する必要があるのかというのは悩みどころです。例えば子どもたちのモチベーションを維持するために工夫されていることはありますか?級の認定についてなどはいかがでしょうか?

関口五段:級認定などは確かに難しいところですよね。教室の人数だと、少ないので級がインフレしてしまいます。7勝3敗で昇級した子が、では70勝30敗できるのかというと難しいですよね。うちの教室だと分母が少ないので級が上がりやすくなってしまいます。単に習い事として将棋を楽しみたいというのであれば、どんどん級をあげてあげればいいのですが、それだと、東京の道場に行ったときに級が下がってしまったり、大きな大会など外の世界に出たときに現実とのギャップを感じ、辛い思いをするのは、子どもたちですよね。

ですので、かわいそうだとは思うのですが、私の場合は、その子に相当の実力がないと判断した場合は、何年も昇級しなかったり降級させることもあります。もちろんそのことにより将棋に対するモチベーションが落ちてしまう子もいます。しかし、私自身は職人気質ということもあり、モチベーション維持のためだけで実力のない子を上に押し上げるということはできません。

ただ、なかなか昇級しづらい中でも子どもたちがチャレンジする気持ちを失わないようにするためにも、意識的にライバルを作るという工夫はしています。ライバルは少ないより多いほうがいいので、私の肌感覚でこの子とこの子といった感じで10人くらいのグループを作りリーグ戦などをしています。

意識的にグループを組みライバルを作ることでモチベーションを維持
意識的にグループを組みライバルを作ることでモチベーションを維持

彰子:良きライバルがたくさんいるというのは、子どもたちにとってとてもいい環境であり、人が集まる福岡将棋会館だからこそ提供できるものだと思います。ちなみに、福岡将棋会館の歴史は長いと思うのですがどれくらいでしょうか。

関口五段:屋号としては30年になります。この場所に移ってからは8年、私が前任者から受け継いだのが6年前です。

彰子:30年とはすごいですね。福岡将棋会館はまだまだこれから先も受け継がれていくものだと思いますが、今後どんな風にしていきたいというビジョンはありますか?

関口五段:そうですね。私が恩師から福岡に送り出してもらうときに、「普及に尽力し成果や存在を認めてもらう」ということを最初の、そしてその先は「後継者を育てること」を目標として見据え頑張ってほしいとの言葉をいただきました。

ですので、私も理想としては、私がいなくても安心して後の世代にこの福岡将棋会館を引き継いでいきたいですね。日本の伝統文化である将棋の世界には、師弟関係のように、上からの恩を下に流すという文化があります。スポーツの世界のようにコーチ契約みたいなものが存在しませんよね。そのような中で私も上から受けた恩を下に返したい、恩返しをしたいという想いがあります。そのような中で将棋を教えることをお仕事にする経営的なこととのバランスや課題なども感じていますが、もっと将棋を教えるお仕事がしたい、と思ってくれる人が増えてくれるといいなと思います。

彰子:広く将棋を普及させるためにも、根本的に解決しないといけない課題ですよね。

編集後記

関口先生の話は本当に引き込まれるようで、時々発する「職人気質だから」という言葉がとても印象的でした。

「生徒には知識より知恵をつけたい」「教えるのは数の攻め・駒の損得・中央指向の3つ」「感想戦が意味を持つのは、棋譜を残せるようになり負けた理由を受け止められるようになってから」など、ご自身の今までの経験や考えに基づいた、小手先ではない、本当に子どもたちのことを考えた指導方針には、ご本人の言葉のように、まるで職人のようなぶれない軸を感じました。

将棋の埋まっている様々な価値をどう掘り起こしていくのか、など一つの将棋教室ということにとどまらず、将棋界を取り巻く課題なども、しっかりと考えていらっしゃり日々試行錯誤を繰り返している関口先生。私も様々な課題を考えさせられるインタビューとなりました。

職人気質の関口先生。厳しい指導ではありますが、入門クラスでは小さなお子さんもいて、指導対局中、先生のまわりにまとわりつくように集まる女の子や男の子の姿も。両方手をつながれて、先生が指導将棋を指せない、という微笑ましい姿も、笑。普段は、生徒たちに慕わている優しい先生の様子が伝わってきました。ちなみに、対談でもあったように、福岡将棋会館は女流棋士の水町みゆさんも輩出した教室です。机の上には、花束を抱えた水町さんを囲んだ写真が飾られていました。

最近では女流棋士水町みゆさんを輩出
最近では女流棋士水町みゆさんを輩出

将棋の本質を知るということは、ときに子どもたちにとって厳しいこともありますが、それだけ真摯に将棋に向き合うからこそ味わえる将棋の奥深さや達成感があるのかもしれません。福岡将棋会館は道場のように当日参加もできるようですので、ぜひ福岡に遊びに来た際は、参加してみてはいかがでしょうか。

道場データ

道場名称 福岡将棋会館 子供教室
場所 福岡県大野城市栄町1丁目3-13「ジーニアス金堂」 福岡将棋会館
営業時間

平日16時〜21時
休日12時〜20時
初心者教室毎週土曜・第1・第3日曜10時〜12時

いつつHPに内にある将棋教室・道場検索では全国の将棋教室・道場を紹介しています。 福岡将棋会館もご登録いただいています(^ ^)  

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この記事の執筆者中倉 彰子

中倉彰子 女流棋士。 6歳の頃に父に将棋を教わり始める。女流アマ名人戦連覇後、堀口弘治七段門下へ入門。高校3年生で女流棋士としてプロデビュー。2年後妹の中倉宏美も女流棋士になり初の姉妹女流棋士となる。NHK杯将棋トーナメントなど、テレビ番組の司会や聞き手、イベントなどでも活躍。私生活では3児の母親でもあり、東京新聞中日新聞にて「子育て日記」リレーエッセイを2018年まで執筆。2015年10月株式会社いつつを設立。子ども将棋教室のプロデュース・親子向け将棋イベントの開催、各地で講演活動など幅広く活動する。将棋入門ドリル「はじめての将棋手引帖5巻シリーズ」を制作。将棋の絵本「しょうぎのくにのだいぼうけん(講談社)」や「脳がぐんぐん成長する将棋パズル(総合法令出版)」「はじめての将棋ナビ(講談社)」(2019年5月発売予定)を出版。

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